投稿日: 2025年6月26日
更新日: 2025年6月26日
GX-ETSにおけるベンチマーク方式とは?

目次
1. ベンチマーク方式とは?
「ベンチマーク方式(benchmarking)」とは、GX-ETS(排出量取引制度)において排出枠を割り当てる際、業種ごとに設定された排出効率の指標(例:1製品あたりのCO₂排出量など)を基準にする配分方法です。
この方式では、排出効率が優れた製品を開発している企業ほどより多くの余剰枠を得られる一方で、効率が劣る企業には追加的な排出削減やクレジット購入の負担が生じる可能性があります。したがって、ベンチマーク方式は、産業内の競争を通じた効率向上を促す制度設計であり、中長期的な排出削減インセンティブとして有効です。
通常はその業界のトップランナーの水準(EU-ETSでは上位10%の平均値)に設定されますが、他方で、生産工程別の排出量データの取得可能性に制約があることから、ベンチマークの設定が難しい点が課題とされています。
制度導入初期や排出効率のばらつきが大きい業種においては、過度な負担を避ける観点から、段階的導入や他方式との併用(例:グランドファザリング方式とのハイブリッド)が採用されるケースもあります。
ベンチマーク方式の仕組み

出典:環境省『キャップ・アンド・トレード方式による国内排出量取引制度について ~制度設計における論点の整理②~』P6
ベンチマーク方式の適用可能な業種・製品
1. 統計等により製品の分類を定義でき、かつ同一に分類される製品間で性状に大きな違いがないこと
2. 工程から当該製品以外の製品が生産されないこと(多様な製品を生産しない工程であること)
3. 当該工程における検証可能な排出量データや生産量データが得られること
2. 事業所単位での排出枠の設定方法
ベンチマーク方式の導入を検討する上で重要な実務論点の一つが、「事業所単位での排出枠の設定方法」です。特に、同一事業所内に複数の製造ラインや多様な設備を有するケースでは、すべてに一律のベンチマーク指標を適用することは困難です。
たとえば、製造ラインA・Bには明確な排出効率指標を設定できる一方で、製造ラインCでは製品の多様性や工程の特性からベンチマーク設定が難しい場合があります。また、照明・空調といった間接設備や非生産部門も、ベンチマーク指標の適用には馴染まない領域です。
そのため、GX-ETSにおいては「同一事業所内であっても、適用可能な部分にはベンチマーク方式、その他の部分にはグランドファザリング方式を適用する」ハイブリッドなアプローチが想定されています。
実際の制度設計では、事業所内の設備・工程単位で排出源を区分し、指標の整備状況や算定の透明性に応じて適切な配分方式を選択する形が現実的です。
このような複合的な方式の併用は、精緻な制度運用と高度なデータ管理を要しますが、制度の公平性と実効性の両立に向けた重要な検討ポイントとなるでしょう。

出典:環境省『キャップ・アンド・トレード方式による国内排出量取引制度について ~制度設計における論点の整理②~』P15
3. EU-ETSにおける動向
海外のETSにおいては、ベンチマーク方式の活用はすでに広く進んでおり、日本のGX-ETSにとっても多くの示唆が得られます。
EU-ETSでは、産業部門に対して産業別・製品別に約50種類以上のベンチマーク指標が設定されています。たとえば鉄鋼業であれば「焼結」「転炉鋼」「熱延コイル」など工程単位で原単位が定義されており、排出効率上位10%の水準をベンチマーク値として設定。その基準を超えた場合にのみ排出枠が無償で配分される設計になっています。また、定期的なベンチマーク値の見直しや、技術革新の反映も制度内に組み込まれており、長期的な削減インセンティブとして機能しています。
< 時系列で見るEU-ETS >
項目 | 第1フェーズ | 第2フェーズ | 第3フェーズ | 第4フェーズ |
---|---|---|---|---|
対象期間 | 2005〜2007年 | 2008〜2012年 | 2013〜2020年 | 2021〜2030年 |
対象 | エネルギー エネルギー多消費産業 | 航空(2012年〜)を追加 | アルミニウム製造、非鉄金属製造など多くの産業を追加 | 海運(2024年〜)を追加 EU ETS IIを新設 建物/道路輸送/小規模産業(2027年〜) |
排出枠の設定 | NAP経由 国別にキャップ設定 | NAP経由 国別にキャップ設定 | EUレベルでキャップ設定 | EUレベルでキャップ設定 |
排出枠の割当 | グランドファザリング 方式 | グランドファザリング 方式 | ベンチマーク方式 | ベンチマーク方式 |
配分方法 | 無償配分 | 主に無償配分 (一部ベンチマーク/オークション) | 主に有償販売(オークション) 一部無償配分 | 主に有償販売(オークション) 一部無償配分 |
対象ガス | CO2 | CO2 | CO2 N2O PFC | 同左 メタン(CH4) |
制裁 | 40ユーロ/トン | 100ユーロ/トン | 100ユーロ/トン | 100ユーロ/トン |
方針 | 京都議定書の削減目標達成のための体制構築 | 京都議定書=約束期間(2008年〜2012年)の削減目標達成 | EUの低炭素化政策の実現 | EUの気候変動政策の欧州グリーン・ディール「Fit for 55」に基づく |
EUの削減目標 | –(試用期間) | 1990年比8% | 1990年比20% | 1990年比55%以上(2030年) |
出典:JETRO『EU ETS 世界をリードするEUのカーボン・プライシング(1)』
参考:EU-ETSにおけるベンチマーク設定の11の原則
- 最も効率の良い技術に基づき、ベンチマークを設定する。
- 同一の製品を製造する技術については、技術ごとのベンチマークを策定しない。
- 既存設備と新規参入設備とに対し、同一のベンチマークを適用する。
- プラントの年数や規模、原材料の品質、気候条件によって異なるベンチマークを策定しない。
- 製品ごとのベンチマークは、正確で意義ある商品分類に基づく検証可能な生産データが得られる区分で設定する。
- 他者と取引されている中間生産物に対しては、ベンチマークを別途策定する。
- 個別の設備や、特定の国の設備に対して、燃料ごとのベンチマークは策定しない。
- ベンチマークを策定する際の燃料構成は、技術毎の事情を踏まえて想定する。
- 既存設備に対しては、過去の生産量データを元に割当を行う。
- 新規参入設備に対しては、検証可能な設備容量データに、製品に応じた設備利用率を乗じて割当を行う。
- 熱生産に対する割当については、熱の消費効率を考慮することが望ましいが、そもそも消費側でのベンチマークが策定困難である場合、消費側の技術改善ポテンシャルを加味した上で、熱生産に係る標準ベンチマークを適用する。
出典:環境省『キャップ・アンド・トレード方式による国内排出量取引制度について ~制度設計における論点の整理②~』P17
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4.GX-ETSにおける制度設計の動向
結論から言うと、2025年6月時点ではまだ制度設計は確定していません。
GX-ETS第2フェーズでのルールは、ベンチマーク方式やグランドファザリング方式を組み合わせながら業界ごとの特性を踏まえて、産業構造審議会等で検討されます。
- 割当量については、特に業種特性を考慮する必要性の高いエネルギー多消費分野等を中心に、業種別のベンチマークに基づいて算定を行うこととする。
- そのうえで、ベンチマークの策定が困難な分野については、グランドファザリングによる割当を行う。
- なお、ベンチマーク対象業種や削減水準等の詳細については、有識者や産業界の意見も踏まえつつ、関係省庁とも連携して今後検討。

出典:内閣官房GX実行推進室『GX実現に資する排出量取引制度に係る論点の整理(案)』P27
ベンチマーク方式・グランドファザリング方式の考え方

出典:内閣官房GX実行推進室『GX実現に資する排出量取引制度に係る論点の整理(案)』P28
💡GX-ETS第2フェーズにどう備える?283社調査で見えた3つの対応論点
6. まとめ|GX-ETS第2フェーズの制度設計に注目
GX-ETSはいよいよ第2フェーズ(2026年度〜)に向けて制度の具体化が進んでいます。
特に義務化の対象となる企業や適格クレジットの創出に関わっている企業にとっては、今後も制度設計の具体化が進む中で、情報をしっかりキャッチアップする必要があるでしょう。
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