投稿日: 2025年5月28日
更新日: 2025年5月31日
カーボンクレジット活用におけるグリーンウォッシュとは?
GX(グリーントランスフォーメーション)の潮流や排出量取引制度(GX-ETS)の本格化に向けて、企業におけるカーボンクレジットの調達・活用が加速しています。しかし十分な知識や最新動向への注意なしにこれらを利用すると、知らぬ間に「グリーンウォッシュ」との批判を招きかねません。本記事ではグリーンウォッシュの定義と変遷、およびカーボンクレジットに関する典型的なグリーンウォッシュのパターンを整理し、最新の事例や各国の規制動向を紹介します。さらに、そうした動きを踏まえた企業の実務対応策について解説します。
📝 この記事のポイント
- グリーンウォッシュの定義と変遷:
もともとは意図的な「見せかけ」の環境配慮を指すが、近年は意図の有無を問わず誤解を招く表現全般が問題視され、各国で規制強化が進んでいる。
- カーボンクレジットの活用に起因するグリーンウォッシュの類型:
①クレジットの品質に起因するもの、②情報開示・広告表現によるものに大別される。
- 実際の批判事例:
ペルーの熱帯雨林保全プロジェクト(REDD+)におけるベースライン算定への批判、ドイツの裁判所によるルフトハンザ航空の広告についての判決、環境NGOである気候ネットワークによるJERAの広告に関する声明
- 各国グリーンウォッシュ規制の動向:
EUでは「グリーンクレーム指令」により2026年からカーボンクレジットの購入(オフセット)をもって「カーボンニュートラル」と主張すること等が禁止に
- 企業の対応策:
「カーボンクレジットの品質確保と調達方針の整備」「環境に関する表現・コミュニケーションの社内ルール化」「最新の規制・ガイドライン情報のモニタリング」
目次
1. グリーンウォッシュとは?
グリーンウォッシュ(Greenwashing)とは、企業が実際には環境に悪影響を及ぼす可能性があるにもかかわらず、自社の事業や製品があたかも環境に良い影響を与えているかのように見せかける行為を指します。簡単に言えば「見せかけの環境配慮」です。
従来は、企業が意図的に誤解を与えるケースが中心であり、例えば根拠のない環境宣伝や、製品の環境性能を実際以上に誇張する広告などが典型例とされてきました。
しかし近年では、この定義が意図の有無を問わず広がりつつあります。企業に悪意がなくとも、実態と乖離した環境アピールが結果的に行われていれば、「無意識のグリーンウォッシュ」として批判の対象となり得ます。
この背景には、規制当局や市場の視線が厳しさを増している現状があります。実際、グリーンウォッシュが発覚した企業は、その意図にかかわらず、巨額の罰金、株価下落、訴訟、広告の差し止めなどの厳しい処分を受ける可能性があり、悪質なケースと同等の結果を招くリスクが存在します。
さらに、国際的にもグリーンウォッシュ是正の機運が高まっています。欧州委員会の調査(2021年)では、企業の環境宣伝の53%に「あいまい・誤解を招く・根拠不十分」な表現が含まれ、40%には裏付けがないことが判明しました。また、国連の専門家グループは2022年、「ネットゼロを掲げながら、裏では化石燃料の拡大を続けるような行為は許されない」と明言し、企業の公約と実行の整合性の確保を強く求めました。
要するに、グリーンウォッシュとは「裏付けのない環境主張」全般を指す概念へと拡大しており、企業にはより慎重かつ誠実な姿勢が求められています。
出典:環境省『CFP表示ガイドの作成に向けて国際的なグリーンウォッシュ規制の動向』P4
出典:Normative.io『Unintentional greenwashing: what it is & how to prevent it』
出典:国連広報センター『「グリーンウォッシングは断じて許されない」と国連事務総長が訴え』
2. カーボンクレジット活用に際してのグリーンウォッシュの類型
GX(グリーントランスフォーメーション)に取り組む企業にとって、手段の一つとしてのカーボンクレジットの活用は一般的になりつつあります。しかし、その調達・利用の仕方次第ではグリーンウォッシュと批判されるリスクがあります。これには大きく分けて、①カーボンクレジット自体の品質に起因するケースと、②カーボンオフセットの活用方法や発信の仕方に起因するケースの二つの典型的パターンが存在します。
① クレジットの品質問題によるグリーンウォッシュ
クレジットの発行・使用が実態として環境的・社会的整合性を欠いているケースを指します。
類型 | 内容 | よくある原因・論点 |
---|---|---|
1. ベースラインの過大設定 | 実際より多く排出していたと仮定し、削減量を過大に見せる | 恣意的な参照シナリオ、緩い設定基準 |
2. 追加性の欠如 | クレジットがなくても成立していた活動に対して発行 | 経済合理性、政策義務との重複 |
3. 永続性の担保不十分 | 吸収・削減が長期的に持続しない | 森林火災、リバーサルリスク |
4. リーケージ未考慮 | 他地域での排出増を誘発 | 活動移転の監視不足 |
5. ダブルカウントの懸念 | 同一削減を複数の主体が報告・使用 | 国と企業の重複、追跡不備 |
6. モニタリング・報告の不備 | 実績の測定や報告が不正確・不透明 | 検証体制の不備、データ改ざんリスク |
7. 社会・環境への負の影響 | プロジェクトが人権や生態系に悪影響を及ぼす | 土地収奪、先住民排除、生物多様性損失 |
*エクスロード作成
例えば、2023年1月、英国大手新聞社Guardianがペルーの熱帯雨林保全プロジェクト(REDD+)によるクレジットの90%以上は価値が無いファントム・クレジットであるとする記事を掲載しました。これは、森林伐採がどの程度防げたかの算定(ベースライン設定)が過大で、多くが実際には発生しなかった「削減量」がクレジットとして創出・流通したことを指摘したものです。
これに対してVerraは指摘は誤りだと主張しつつ、ベースライン算定の精度強化をはじめとした方法論の改善を継続的に図っていくと発表しています。
また、本プロジェクト(the madre de dios amazon redd project)では近隣住民が強制立ち退きや公園当局との緊張関係で人権侵害を受けていると主張しており、ベースライン算定などクレジットの創出自体に関する信頼性の他にも様々な論点が存在します。
ちなみに、このクレジットはディズニーやシェル、グッチなど多くの大企業が利用していたことも記事内で指摘されました。
重要なのは、企業が購入したクレジットが本当に大気中の温室効果ガス削減・除去につながっているかを事前・事後に精査しないと、善意でオフセットに取り組んでもグリーンウォッシュと批判され得るという点です。
出典:Verra『Verra Response to Guardian Article on Carbon Offsets』
② 情報開示・広告表現によるグリーンウォッシュ
実際の削減効果や位置づけ以上に、誇張的・不適切に見せるケースを指します。
類型 | 内容 | よくある原因・論点 | 表現例 |
---|---|---|---|
1. 誤解を招く「カーボンニュートラル」表現 | オフセットだけで排出ゼロを装う | 削減努力や残存排出の説明不足 | 「当社はCO₂ゼロ」などの過剰表現 |
2. クレジット品質の非開示/過少説明 | 価格や数量だけを提示し、手法やリスク説明がない | 格付け・方法論・モニタリングの情報が不十分 | 「高品質」とのみ表示する |
3. 過剰なブランド主張 | 実態よりも環境貢献度を大きく見せる | 微量なオフセットで「グリーン商品」を主張 | パッケージに「100%グリーン」等 |
*エクスロード作成
近年では、「○○は環境に優しい」「当社は排出ゼロ」といった断定的な表現に対して、社会的な目が一層厳しくなっています。
英国の広告基準局(ASA)は2023年、グリーンウォッシュ対策の一環として、「カーボンニュートラル」「ネットゼロ」「ネイチャーポジティブ」などの用語の使用に対し、より厳格な取り締まりを開始すると発表しました。
また2025年3月には、ドイツの裁判所が、ルフトハンザ航空による「飛行中のCO₂排出を乗客が『compensate(補償)』できる」とする広告表現について、「誤解を招く」として使用を禁止する判断を下しました。
日本でも2024年8月、環境NGOの気候ネットワークは、JERAが石炭火力発電にアンモニアを混焼する取り組みを「ゼロエミッション火力」として広告展開していることについて、グリーンウォッシュの懸念があるとして、国連のグテーレス事務総長宛に情報提供を行ったと発表しました。
出典:The Guardian『Adverts claiming products are carbon neutral by using offsetting face UK ban』
出典:Barron’s『German Court Bans Lufthansa’s Alleged ‘Greenwashing’ Ads』
出典:特定非営利活動法人気候ネットワーク『JERAの「CO2の出ない火」などのグリーンウォッシュ広告について』
以上のように、カーボンクレジットの活用は本来気候変動対策に寄与する手段ですが、その品質管理や使い方・伝え方を誤ると逆に信頼を損ねる危険があります。では、各国の規制やガイドラインはこうしたグリーンウォッシュの問題にどう対応し始めているのでしょうか。
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3. 各国グリーンウォッシュ規制の動向
グリーンウォッシュに対する規制強化は、ここ数年で欧州を中心に一気に加速していますが、米国や日本を含む他の地域、さらには自主的な業界ガイドラインの整備も進んでいます。以下、主要な動きを概観します。
欧州連合(EU):
EU理事会は、グリーンクレーム指令に関する「General Approach(一般的アプローチ)」を2024年6月に採択しました。根拠のない環境宣伝の規制を強化する新たな枠組みの法制化に向けて準備を進めています。
この指令では、以下のような環境主張が2026年以降禁止される見込みです:
- 裏付けとなる第三者認証や科学的証拠がないまま、「環境に良い」「エコ」などと表示すること
- カーボンクレジットの購入(オフセット)をもって「カーボンニュートラル」と主張すること
出典:欧州議会『Green claims made to consumers(TA-9-2024-0131)』
イギリス(UK):
EU離脱後も英国は独自にグリーンウォッシュ取り締まりを強化しています。繰り返しになりますが、英国の広告基準局(ASA)は2023年、グリーンウォッシュ対策の一環として「カーボンニュートラル」などの用語の使用に対し、より厳格な取り締まりを開始すると発表しました。また、競争・市場庁(CMA)は2021年にグリーン・クレーム規則(Green Claims Code)を策定し、企業が守るべき環境表示の原則を示しています。
アメリカ合衆国(US):
米国でも既存の消費者保護や証券規制の枠組みで対応が進みつつあります。連邦取引委員会(FTC)は環境マーケティングに関する指針「グリーンガイド」の改訂作業を行っており、「カーボンオフセット」「カーボンニュートラル」「低炭素」といったクレームに関する明確な定義づけや使用条件を盛り込む見通しです(2025年5月現在では、政権交代もあり進捗の発表はなし)。
出典:Watershed『The FTC is reviewing its Green Guides. Here’s what companies need to know』
その他の国・地域:
欧米以外でも規制の動きは広がりつつあります。例えば、オーストラリア競争・消費者委員会(ACCC)とオーストラリア証券投資委員会(ASIC)は、企業の環境主張の正確性と裏付けを求めています。
出典:オーストラリア再生可能エネルギー機関(CER)『Greenwashing – 2023–24 compliance and enforcement priority』
日本では海外ほど規制強化は進んでいませんが、環境省の「環境表示ガイドライン」において、「環境にやさしい」などのあいまいな表現に対し、根拠の明示や具体性が求められています。消費者に誤認を与えないよう、客観的・合理的な裏付けを伴った表示が推奨されています。
このようにグリーンウォッシュ規制の網は急速に強まりつつあり、企業担当者は最新動向のキャッチアップが求められています。
4. 日本企業に求められる実務対応
グリーンウォッシュのリスクを回避し、持続的に信頼を獲得していくためのポイントは「カーボンクレジットの品質確保と調達方針の整備」と「環境に関する表現・コミュニケーションの社内ルール化」、そして「最新の規制・ガイドライン情報のモニタリング」です。
1. カーボンクレジットの品質確保と調達方針の整備:
キリンホールディングス株式会社は2025年3月に「カーボン・クレジット方針」を策定し、対象用途・調達基準・検証体制を明文化しています。 こうした例に倣い、自社の調達ポリシーを社内・社外に対して明示することは、説明責任と信頼確保の両立に有効です。
2. 環境に関する表現・コミュニケーションの社内ルール化:
自社の広報・マーケティング担当者に対し、環境やサステナビリティに関する表現についてのガイドラインを設けて共有することが重要です。根拠を示せない曖昧な表現(「環境に優しい〇〇」など)は避け、数値データや認証取得など客観的事実に基づいた表現を採用すべきです。また、広告物や発信内容は、法務・サステナビリティ部門など複数部署でクロスチェックするプロセスを取り入れるのも有効です。
3. 最新の規制動向のモニタリング:
グリーンウォッシュを巡る環境は刻一刻と変化しています。EUや米国での新たな規制施行、他社事例など、最新ニュースに常にアンテナを張る仕組みを社内に設ける必要があります。具体的には、関連業界団体や信頼できる情報源のニュースレターを定期購読したり、専門家によるセミナーや研修を活用してアップデートを続けたりすることが有効です。
\ エクスロード導入企業の生声を収録 /
以上の対応策を講じることで、カーボンクレジット活用に際してのグリーンウォッシュのリスクは低減できるでしょう。グリーンウォッシュの基準は数年前とは比べものにならないスピードで進化しています。ぜひ今回紹介した事例や動向も参考に、社内の体制強化と意識改革に役立ててください。